【椿―tsubaki―11】




「数馬さん!」
 詰所の戸口に立っている数馬の姿を認めた春哉はすぐさま駆け寄って、怪我の有無を調べ始めた。
「どこもお怪我はされておりませんね?」
 ぺたぺたと身体を調べている春哉の手首を取った数馬はそれを引き寄せた。鬱血していた白い手首が痛々しかったが、心の奥にある何かがざわつく感覚があったのもまた事実だった。
「お前こそ、無事か?」
 抱き寄せられた胸は広くて、とても居心地がいい。鼻をくすぐる汗の匂いはあの頃とちっとも変わっていない。

「……本当に申し訳ありません。私、勝手に怒って勝手に出て行って……数馬さんの事情なんて全然考えてなかった」
「俺の事情?」
「だって……数馬さんは、その……私としたかったんでしょう?でも私が拒んでいたから女郎に走って……。こんな勝手な奴、放っておかれても無理ないのに……でも、数馬さんはちゃんと助けに来てくれた……」
「……お前、白粉買ったろ?その店の女将が教えてくれたよ。女将の方が店の前であたふたしてて、俺の姿を見たとたん血相変えて飛び出してきたんだ」
「そうでしたか……」

 そこでほっと息をついた春哉がふいに抱きついた腕を緩めて優しい眼差しで数馬を見上げたため、二人の目線が正面からぶつかった。
「あのなっ、確かに今回のことはお前の言うとおり俺の自制がきかなくなったのが原因だ。でもよ、お前が望むなら俺は絶対手を出さねェ。お前にも女にも他の男にも。だから……」
 そこでもう一度春哉にきつく抱きしめられた。驚いて胸におさまる春哉の様子を窺った。
「そんなこと、言わないで下さい。他の女とか男には嫌ですけど……私だったら、いいですから。……そういうコト、しても」
 語尾の方は聞き取れなくらいの小声だった。耳まで真っ赤にして呟かれた春哉の言葉。
「え?!お、おうっ……」
 真っ赤になって抱き合う二人に遠慮ない咳払いが聞こえてきた。
「あの!俺、いるんですけどっ!」
 そこには常蔵が頬を真っ赤にしたまま、居辛そうにしていた。



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